人の奥底にある温かいものへの信頼――映画『スクール・オブ・ロック』(ネタバレあり)
- 心理臨床オフィス ポーポ
- 2月8日
- 読了時間: 3分
更新日:3月14日

映画『スクール・オブ・ロック』を見ました。公開当時に見て以来ですので、およそ20年ぶりの鑑賞でしょうか。有名作品ですので、ご覧になった方も多いかと思います。とにかく楽しくて元気が出る映画、という記憶でしたが、果たしてそれはその通りでした。
友人になりすまして臨時教員としてとある進学校に潜り込んだ、売れないロッカー・デューイが、子どもたちの抑圧を解放して個性に応じた才能を開花させ、ロックのコンテストでの演奏を大成功させる…というストーリーです。
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この映画の「楽しさ」はもちろん、ロックを演奏することの楽しさと直結しています。
「元気が出る」要因は、人間には必ず秘められた才能や美点があり、適切にアプローチをすればそれはかならず開花するのだという、人への温かな信頼があること。主人公デューイは、定職につかずだらしない人間ですが、子どもたちの力を見抜き、やる気を出させ、かつ、アドリブを楽しめるほどの技術も身につけさせます。これらのことを、押し付けるのではなく、子どもたちの内発的なモチベーションを引き出すような形で行っているというのがデューイという人の魅力です。(そういう人だから、人を型にはめようとする「定」職には就けないのだとも言えます。)
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それに加えて、今回、あらためて鑑賞して印象的だったのは、嘘と秘密の効用について一貫して描かれているということでした。
そもそもデューイが学校に潜り込めたのも嘘がうまく機能したからですが、子どもたちに勉強ではなくロックバンドに取り組ませるために、子どもたちにも嘘をつきます。子どもたちがロックに乗り気になってからは、演奏の練習をするために、子どもとデューイは親や他の教員に嘘をつき、クラスを秘密の場所として“育てて”いきます。
嘘や秘密を持つことは、子どもたちの成長や発展のためには大切なことだ、とは心理学の世界でよく言われることですが(河合隼雄『子どもの宇宙』など)、この映画を見るとこのことがよくわかります。
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ところで、『スクール・オブ・ロック』のデューイとその教え子たちは、放課後に部活としてバンド活動を続け、それをビジネスとしても成功させているということがオチとなって映画は終わります。デューイの「ロックとは反抗だ」という信念からすると、公認され商業的にも成功した状態というのはロックではないのでは?という疑問もありえます(いわゆるセルアウトとか商業ロック問題)。しかし、ロックのことだけ考えて生きていきたい、というデューイの夢はこれによって見事叶い、浮世から離れつつ浮世に生きることを成功させます。
そういった意味で、大人であるデューイを囲むのは、つねに成長の途上である“子ども”であることは象徴的であるなと思います。子どもたちと作るロック部という場は浦島太郎における龍宮城のような覚めてはならない夢の国であり、覚めない限りにおいてこの映画は、人々に夢を見させてくれる力を持ち続けるのだと言えるでしょう。
(2025.2.25追記)山折哲雄が出演していたETV『こころの時代』を見て思ったのだが、デューイ=良寛説、というのはどうだろうか。
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